9月29日の授業では、高野公彦、石田比呂志、奥村晃作の作品を鑑賞しました。時間の都合で、わずかの作品にしか触れられませんでしたが、選んだ作品はどれも必ず読んでおくべきものです。以下に掲げておきます。
なお、作品投稿などはこの欄の下方にあるコメント欄から行ってください。
◆高野公彦 (たかの きみひこ) 一九四一~◆
青春はみづきの下をかよふ風あるいは遠い線路のかがやき
悲しみを書きてくるめし紙きれが夜ふけの花のごと開きをるなり
白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり
水底に肌擦る緋鯉の身の反りを冬の夜ふかく憶ひてゐたり
風いでて波止の自転車倒れゆけりかなたまばゆき速吸(はやすひ)の海
エレベーターひらく即ち足もとにしづかに光る廊下来てをり
わが生と幾つかの死のあはひにて日あたる塀は長くつづけり
みどりごは泣きつつ目ざむひえびえと北半球にあさがほひらき
灯を消して寝ねんとするにはるかなる母を思へと暗黒はあり
乾坤(けんこん)の坤(こん)の寂けさ 母入る前のひつぎの底をのぞけば
滝、三日月、吊橋、女体うばたまの闇にしづかに身をそらすもの
飛込台はなれて空(くう)にうかびたるそのたまゆらを暗し裸体は
夜ざくらを見つつ思ほゆ人の世に暗くただ一つある〈非常口〉
ぶだう呑む口ひらくときこの家の過去世の人ら我を見つむる
なきがらのほとりに重きわがからだ置きどころなく歩くなりけり
弘法寺の桜ちるなか吊鐘は音をたくはへしんかんとあり
方位なき暗闇のなか寝返ればうゐのおくやまゆめ揺れにけり
新宿の地下広場ふかく夕日さし破船を洗ふごとき水音
◆石田比呂志 (いしだ ひろし) 一九三十年~◆
<職業に貴賎あらず>と嘘を言うな耐え苦しみて吾は働く
おのれより少し賤しとすれ違うときに相手も然(しか)思いいむ
身を絞る如く回りている独楽の濁り払いて澄む時のあり
われの腕離れし時計休みなさい夜もふけたればもう休みなさい
酒飲みのかつ人生の先輩として先に酔う ちょっと失礼
酒のみてひとりしがなく食うししゃも尻から食われて痛いかししゃも
春宵(しゆんしよう)の酒場にひとり酒啜(すす)る誰か来んかなあ誰(だ)あれも来るな
蟹の脚せせりながらに飲むお酒われは困った男かな
肌青きからに下賤の魚にてわれに食われて満足をせよ
五十歳過ぎて結語を持たざれば夜の酒場に来たりて唄う
ゆうぐれの新幹線に忘れ来し万年筆はいずこゆくらむ
心臓のようにぽつんと暗闇にご飯たく灯が点っている
清らなる処女の乳房に接吻す夢許されよ六十一歳
大寒の空ゆく鳥の群見れば鳥さえ時に道過たむ
家出せし父も幸せ薄かりし母も綺麗に消滅したり
仰臥より側臥し仰臥し側臥して仰臥し側臥して仰臥せり
今日もまた来ておるわいと思いながら酒飲む男の横に坐る
水割りの氷鳴らして西部劇見おり英雄(ヒーロー)なども平凡にして
酔を吐く女の背中撫でているわれの右手に感傷のなし
赤提灯昼を点せる小路(こうじ)ゆくかの酔漢(よいどれ)も母父(おもちち)もてり
おつまみはそなたの乳首でよいなどと言いてつまみぬひょいとばかりに
われははや酩酊したり肘枕ごろり天下を盗りそこなって
◆奥村晃作(おくむら こうさく) 一九三六年~◆
ボールペンはミツビシがよくミツビシのボールペン買ひに文具店に行く
もし豚をかくの如くに詰め込みて電車走らば非難起こるべし
これ以上平たくなれぬ吸殻が駅の階段になほ踏まれをり
わたくしはここにゐますと叫ばねばずるずるずるずるおち行くおもひ
一日中時間を持つになほ忙しわれはどこかがまちがつてゐる
然ういへば今年はぶだう食はなんだくだものを食ふひまはなかつた
次々に走り過ぎ行く自動車の運転をする人みな前を向く
ぐらぐらと揺れて頭蓋がはづれたりわれの内側ばかり見てゐて
洗濯もの幾さを干して掃除してごみ捨てて来て怒りたり妻が
歩かうとわが言ひ妻はバスと言ひ子が歩こうと言ひて歩き出す
ラーメンを食ひたい時に食ふ如くしたい時せよマスターベーション
巨きなる帚の先で自動車を掃き集め海に捨てて来しゆめ
あの鶏はなぜいつ来ても公園を庭の如くに歩いてゐるか
舟虫の無数の足が一斉にうごきて舟虫のからだを運ぶ
ラッシュアワー終りし駅のホームにて黄なる丸薬踏まれずにある
イヌネコと蔑(なみ)して言ふがイヌネコは一切無所有の生を完(まつた)うす
不思議なり千の音符のただ一つ弾きちがへてもへんな音がす
犬はいつもはつらつとしてよろこびにからだふるはす凄き生きもの
梅の木を梅と名付けし人ありて疑はず誰も梅の木と見る
絹薄き片を透かしてホトの毛の一つ一つがくつきりと見ゆ
海に来てわれは驚くなぜかくも大量の水ここにあるのかと
母は昔よい顔してたが現在はよい顔でないことの悲しさ
百人の九十九人が効かないと言ったって駄目 オレには効いた
2009年10月4日日曜日
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どうも うぐいす(高橋尚也)です。初投稿いたします。
返信削除○朝一にパソコンつけてテレビつけ機械に追われ時間に追われ
○暇見つけメールの返信いそしむも打てば友から暇人だねと
○食欲なく虚脱感あり暮れてゆく今日も一日無為に過ごせリ
うぐいすさん、第一号の投稿ですね。どの歌も短歌の韻律に忠実。花鳥風月とはちょっと遠い日常を扱うのは、近代以降の短歌の重要な流れのひとつで、それをしっかり踏襲していますね。日常の中のごく普通の事柄を歌にしていくと、いずれ、日常そのものが記念すべきなにかになっていきます。今現在の「普通」は、いつか必ず変化したり消えうせていきます。数年後に見直すと、大事な記録になっているはず。
返信削除○暇見つけメールの返信いそしむも打てば友から暇人だねと
この歌の「いそしむも」は、古語ふうでなかなか渋い技術。
○食欲なく虚脱感あり暮れてゆく今日も一日無為に過ごせリ
これなどは、
●食欲なく虚脱感ありて暮れてゆく今日も一日無為に過ごせリ
などとしてちょっと字余りにしてみると、韻律に堂々たる風格が加わってきます。
●食欲なく虚脱感ありて暮れてゆくこの一日も無為に過ごせリ
ともできるし、
●食欲なく虚脱感ありて暮れてゆくこの一日を無為に過ごせリ
とか
●食欲なく虚脱感ありて暮れてゆくこの一日の無為の愉しさ
などとすると、なんだか無為に過ごしたことが有意義な感じさえ出てくる。字句をいじっているうちに、最初の発想を変えていって全く違うほうへと持っていってしまうのも、短詩形創作の醍醐味です。
青木です。三首投稿します。
返信削除イパネマで CIDADE DE DEUS のバス見たり オレンジの文字がくっきり光って
イパネマの娘よりもアルゼンチンの娘の方が可愛いと云い
たまごごはん食べたい食べたい食べたいたまごを買いに行く夜の二時
こんばんは。初投稿のマルディです。
返信削除先生、クラスの皆様、よろしくお願いいたします。
・骨壷に愛おしい骨溢れ出てトントンされておかしくもなり
・可憐なる味トマトカレー興に乗ってモロヘイヤ入れおどろおどろし
・このカフェは9:00amを過ぎるともうだめなの園ママたちが占拠するから
・股ぐらに足下の犬来て丸まれば朝も来たこと思い出す朝
・妊娠すカヒミカリィの憧れの華奢な身体が拡がっている
初めましての方は初めまして。前期から引き続き大沼です。
返信削除今回は、既にmixiに投稿した歌を中心に、改作や新作を加えてみました。
大学最後の夏休みに寄せるうた十三首
起き抜けのラブホの部屋のカラオケで歌う自分の下手なこと下手なこと
俺はキス君はちゅーという認識が違っていたんだね甘かったね
二十二の命からがら誕生日どこへ行ったか知れぬ性欲
からだからだ愛せ愛せよ傷つけることしかできないどの道だから
窓枠をゴールポストに見立てては見はるかす過去のベランダから
ふるさとの訛なつかし駿河湾地震を指して「いーかん揺れた」
「驚ぇて卓袱台に潜っただけぇが、頭だけしかへぇらなかったや」
裏庭に灯籠の倒れたるを見て女系家族の男の肩身
就職を間近に控えた金曜日わりとマジ「あと二日の命」
世捨て人でもワーカホリックでも何でも。我らサーカス一座なり
右手をあげて左手をあげて万歳のかたちになりぬ死んでしまいぬ\(^o^)/
両手あげプロペラのごと回りつつ先輩「おまえ歯車になるのか」
「仕事は恋人」とか言ってるけど実際そうだけど、なぜ、いま恋なんか
こんばんは。そして、はじめまして。
返信削除いそべです。一文ですが、皆さんよろしくお願いします。
初めてなので、とりあえず自分が今のところ気に入っている作品を投稿したいと思います。
公園のベンチに座り手をつけばこの町は今朝雨降りと知る
靴投げて占う天気予報では晴れの確率九割七分
あくびして瞳を閉じている間にも伸びる飛行機雲の白線
窓際の席だけ埋まるファミレスで深夜零時の人影を見る
みなさまこんばんは
返信削除シュクレ と申します
おそる おそる 投稿してみます
よろしくお願いします...
「ほら ぴったり。あたしたち いっこだ。」 嘘ばっかり。ごめんね 私、君をだましてる。
通過する「特別快速 地獄行き」 乗らずに済んだ 武蔵小金井
強引にくちびる奪うウルトラCやっぱり君は魔法使いだ
「ここはどこ? あしたはどっち? 見えないの」「渋谷区松濤、世界の果てさ。」
インディゴに染まる葉月の空の下ジョッキの中は黄金世界
眠れぬので、もう一首 吟じます。
返信削除小雨降るトビリシ国際空港でトランジットの未だ見ぬ君よ