2009年4月14日火曜日

必読短歌2 ~斉藤茂吉1・塚本邦雄1・初井しづ枝

 4月14日に教室で鑑賞した歌を載せておきます。
 今週から来週21日にかけての投稿は、こちらのコメント欄から送ってください。

◆ 斎藤茂吉 (さいとうもきち) 1882~1951  ◆

しろがねの雪ふる山に人かよふ細ほそとして路見ゆるかな

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる

のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり

あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり

ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも

壁に来て草かげろふはすがり居り透きとほりたる羽のかなしさ

ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり    

くさぐさの実こそこぼるれ岡のへの秋の日ざしはしづかになりて

あららぎのくれなゐの実の結ぶとき浄けき秋のこころにぞ入る

沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ

秋晴れのひかりとなりて楽しくも実りに入らむ栗も胡桃も

うつせみのわが息息を見むものは窗にのぼれる蟷螂ひとつ

かくのごと雪は流らふものなべて真白きがうへになほし流らふ

をやみなく雪降りつもる道の上にひとりごつこゑ寂しかるべし

ほそほそとなれる生よ雪ふかき河のほとりにおのれ息はく

雪ふぶく丘のたかむらするどくも片靡きつつゆふぐれむとす




◆  塚本邦雄(つかもとくにお) 1922~2005 ◆
 
革命歌作詞家に凭りかかられてすこしずつ液化してゆくピアノ

貴族らは夕日を 火夫はひるがほを 少女はひとで恋へり。海にて

炎天の河口にながれくるものを待つ晴朗な偽ハムレット

赤い旗のひるがへる野に根をおろし下から上へ咲くジギタリス

戦争のたびに砂鉄をしたたらす暗き乳房のために祷るも

海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も

みづうみに水ありし日の戀唄をまことしやかに弾くギタリスト

夜会の燈とほく隔ててたそがるる野に黒蝶のゆくしるべせよ

裏側にぬれたひとでの絵を刷つて廻す――愛人失踪告知

かへりこぬ牡の鵞鳥をにくみゐし少女も母となり森は冬

雪の夜の浴室で愛されてゐた黒いたまごがゆくへふめいに

銃身のやうな女に夜の明けるまで液状の火薬填めゐき

ヴァチカンの少女らきたりひしめける肉截器械類展示会

夜のつぎにくるはまた夜、かなしげな魚の眼の中に燈ともせ

眼を洗ひいくたびか洗ひ視る葦のもの想ふこともなき茎太き

ここを過ぎれば人間の街、野あざみのうるはしき棘ひとみにしるす



◆ 初井しづ枝(はついしづえ) 1900~1976 ◆


弧をゑがき打ち水の飛ぶ林泉(しま)のかげ萩は涼しく花こぼすべし

しづかさをふと照り出でて夕日なり紅葉燃えたち地には庭苔

落ちてゐる鼓を雛に持たせては長きしづけさにゐる思ひせり

青磁瓶のひびきと思ひそそぎゐる水充ちゆきて水の音となる

向うむき雨中に咲ける日まはりの花を緊めたる真青のうてな

氷塊の透きとほるなかに紫の翳としてわれ行きすぎゐたり

鳴きかけてやみたる蝉の籠もりゐる槇の木かげを歩みてすぎぬ

白き鯉の泳ぐ水深は見えながら池のおもてに夕翳つどふ

空間のどこよりとなく降る雪の吾を囲みて加速ともなふ

わが胸にむきて飛びくる糸蜻蛉の翳の如きを手もて払ひぬ

湧くごとく暁を鳴き交ふ小鳥らの喜びもちて皆散りゆけり

カットグラスは透明少し濁りゐて「白瑠璃碗」といつの世名附く

渓流のたぎちに低く迫り咲く赤き椿は水に散るべし

あぢさゐの球花こもる夜の闇に見舞蛍の光止むなし

開きたるはづみに震ふ夜顔にみなぎり尽す花の白さは

目ざむれば水仙の花が活けてあり死を呼ぶごとき寂しき花や