2009年12月4日金曜日

投稿作品7(12月1日までの分)

 毎回の投稿作品のアップにしても、名作短歌のアップにしても、じつはけっこう手がかかります。授業で配っているものをそのままコピーして投稿用の欄に張り付けると、改行がぜんぶ消えてしまって、コメントから短歌に至るまでひと続きになってしまうのです。このブログのソフトの性質ということなのでしょうか。ともかく、そういう文字のかたまりになってしまったものを、各作品に再改行することから始めないといけません。短歌の場合は、どこで切ればいいのか、だいたいはわかるものですが、それでもはじめから終りまでのすべてを細かく見直さねばならないし、紙に印刷したものを見ながら確認もするので、最終的にはかなり読み直すということになります。
 こんなことを毎週するというのも、勉強のうち。他人のものを平気でどんどんと読めなくなったら、文芸に関わる人は終わりだと感じます。外部情報を絶えず内部へ通過させ続ける透過性の高い文芸細胞膜を維持している必要があると思います。
 疲れたり、悪い意味で歳をとったりすると、文芸細胞膜はこわばりがちになるようです。ある年代以上になると、自分や自分の世代、あるいは昔のものばかりが「よいもの」であって、最近のものなど見るに値しないと言う知人が増えてきて、なんだか寂しくなりますね。自分のかたちを作っていくということと、悪くかたまっていくということ、このふたつはまったく別のことです。


◆投稿作品7(12月1日までの分)◆

青木さんのコメント...
前回の授業で、関係性が感じられる歌にチャレンジしてみようと思いました。

静かなる呼吸を乗せたきみの手が僕を掴んだ夜明けのダンス
暗がりで蔑められた目を開く涙はかくも美しきかな
キラキラと視線Xかわしつつ背後でそっとささやくような
口をつく「変態だね」という言葉寂しき二人の合い言葉にする
繋ごうと差しだした手をはねのけて明るく笑うバイバイまたね
気がつけば返さずにまだ持っている『リルケ詩集』に挟まれたメモ
2009/11/27 8:05

北寺瀬一さんのコメント...
こんばんは、北寺瀬一です。短歌以外の形式でもOKとのことですので今回の作品は、詩の最後に短歌が付いた作品を投稿します。()の中の文が短歌です。

終わりに向かってさまよう船の中で
薄い酸素が見せたスローモーションの物語も
そろそろ燃え尽きようとしているのに
こんな穏やかな気持ちで小さな窓の外を眺めている

いつ訪れるとも知れぬ断罪の時を待つ中で
「真実が常に僕にとって正しいとは限らない」
と言う君が
昔旅したという遠い星の
砂漠にある澄んだ泉の話を
もう何度も思い出したことだろうか

『その泉では、コブを湧水で満たしたラクダと
嘴の折れたハゲタカが暮らしていました。
先に死んだのはラクダです。さて彼らは幸せだったでしょうか?』

こんな謎かけで一体何を伝えたかったのか
答えをひとつ生むたびに君に近づけるような気がしていたけど
ありもしない希望を求めることにも飽きてしまった
どこまでも尽きることのないはずだったエンジンの
断末魔みたいな揺れに身を委ねているうち
遠退く

(モノローグのない物語は最終章へ光の速さで駆け抜けてゆく)




蒸気で白く煙ったバスルーム
曇った鏡に写る悲しい顔の君
何かを言おうとしたところを
シャワーを向けて消したら
残像と自分の姿が重なって流されて
何も残らなかった

眠れない夜の
逃げ場のない密室で
僕を苦しめる鏡像
どこで間違ったかももう思い出せない

頬を温い水が伝って
排水口へ絡めとられていく
湿った空気で
やっと呼吸ができる
君をなくした夜の乾いた風を
忘れて僕は
訪れるはずのない朝を迎えるだろう

(誰もいないはずの深夜のバスルーム家主はバイクの二ケツで死んだ)
2009/11/27 17:52

礒部さんのコメント...
こんばんは。いそべです。自分の感情を歌に入れて無理に作りこむことよりも、目で見た風景を自然に歌にするほうが、私には向いているようです。

頭だけきょろきょろ動く警官が街を見渡す交番の前
布団からすこしはみ出た足の指 夢を集めるアンテナのよう
水銀の体温計を振りながら額にそっと置かれる右手
行列の一番後ろ知らせてた看板遠く離れて見えず
「愛」よりも「哀」の言葉が先にある国語辞典を眺める夜は
金髪の男子生徒が手に握るやさしい色したいちごポッキー
鍵盤にゆっくり触れる調律師 音の狂いを拾い上げてく
2009/11/28 23:09

耳野さんのコメント...
こんにちは。耳野です。今回は寓話的な要素を入れてみようと思ったのですが 実際はあまり変わってないかも知れません。

  別訳・幸福概論
靴屋とは哀しき生業なりと云い木型研きし口は薄笑
靴屋より誂え靴を貰い来て二、三歩の挨拶我が浮舟よ
覚束ぬ我が足向きに苦笑せし君との喫茶でツイ脚を組む
右足の片側減った革靴で三日月灯下を滑ってもみるのだ
野分渦き藍染む夜更けは軽薄に滑空せよ我が脚我が背徳よ
綻びし革靴治しに来た我と廻り唄歌う靴屋の横顔
宙を舞う羊革のうつくし残像よ哀し幸福は確かに在りし
誕生日靴屋へ連れ立ちぼくと君ステキをひとつ誂えお呉れと

休日の午後 嗚呼、あの日のようだと
ぼくは思いつ きみを迎えに
靴はまわる 生き死にまわる
例い廻っても 君と居たらば 
ぼくは概ね 幸せ、なのだ
2009/11/29 12:53

うぐいすさんのコメント...
うぐいすです。寒くなってきましたが、まだ秋かなと黄葉を見ながら思います。

手相には未だ知りえぬ相手との破局の相が色濃く映り
皆が皆オアシス探し彷徨えり東京砂漠に住む吾もまた
川の面に洗い出したる大根のしずくきらめく秋の夕暮れ
駅前の商店街はいつの日かさびれて露地に風吹き抜くる
捨てること出来ず片付け滞る幼きころの絵画数枚
故もなく心重たく疲れたり今日の終わりにメガネを外す
2009/11/29 15:55

マルディさんのコメント...
こんばんは。私は今たいへん混乱した状態なのですが、その様子が歌にも表れているように思います。
うぐいすさん、手相はいくらでも変えられるじゃないですか。

さかしま。水たまりも杏ジャムも鏡になった水曜の午後
秋色がひかりのなかで燃えている もうじききみの記念日がくる
女たちはそわそわしてるよその晩になにを飲もうかどう騒ごうか(きみとね)
開けるまえから香しい、セザンヌの林檎たちより…、重いダンボール
名前たち、こんなとこにも付いてたの。修繕屋さんの靴クリーム瓶
ちょっとプルーストに訊いてくる!駆け込んだオスマン通りはただただ黒い
2009/11/30 0:23

大沼貴英さんのコメント...
大沼です。 忙しさにかまけてなかなか作歌モードになれないのですが、苦しいながらも絞り出した三首をこっそり投稿します。   

  誰かがマスクの裏で落とした言葉に寄せるうた三首
花も実もしょうもないヒマ耳年増ひねもすはねトビひもねすハモネプ
呟く。インターネットはさまざまな可能性を言い訳にして。
冬物は柄があるけど絵はないと主張してみるセンスもないのに
2009/11/30 0:40

うぐいすさんのコメント...
>手相はいくらでも変えられるじゃないですか。マルディさん、確かに手相は毎日刻々と変わっていきますよね。見方も考え方も色々ありますし…なにごともポジティブに考えたいものです。マルディさんも混乱状態を抜けたらゆっくりお休みになってください。私の方もゆるゆるといけたらと思います。
2009/11/30 15:34

青木さんのコメント...
>女たちはそわそわしてるよその晩になにを飲もうかどう騒ごうか(きみとね)>名前たち、こんなとこにも付いてたの。修繕屋さんの靴クリーム瓶の二首が好きです。二番目の、「名前たち」という表現がかわいい。名前に向かって呼びかけるような姿がよいです。
2009/11/30 15:56

SAI さんのコメント...
こんにちは、SAIこと、高橋大悟です。今期初投稿です。まずは、軽めに三首どうぞよろしく。

小さいなそんな自分でいいからさ言ってごらんよ「えいままよって」
燃え尽きた灰をそっとねかき集め灯を灯すからもう一度だけ
天と地を貫いて立つ大樹のように育てよ若木強く優しく
2009/11/30 19:05

叉旅猫目さんのコメント...
こんにちわ。叉旅猫目です。

・酩酊しふと見る鏡の中の吾列車待つ家出少女の如き
・男の子女の子たちただ外に出よ街は今××だから
・怪獣のルーティンワークは食べること飲むこと寝ること涙すること
2首目の「××」は無音であるのが望ましいのですが、音読する場合は「ぺけぺけ」とでも読めばよいかと思います(でも、「ぺけぺけ」だとちょっと間抜けですね……)。
2009/12/01 13:30

2009年11月26日木曜日

投稿作品6(11月24日までの分)

 11月もそろそろ終わりですね。まだ作品を出していない人は、そろそろ出し始めてください。50首などというタイヘンな数は求めません。10でも20でも。短歌はうまくいかないという人は、散文でも他のかたちでもOK.

◆投稿作品6(11月24日までの分)◆

青木さんのコメント...
一番乗りの男、青木です。

「毎日が、自宅‐会社の往復で・・・」そんな彼らの妻たちに唄う
塾帰り森できのこを食べていた子どもらがまだ帰ってこない
探すのをやめてしまったオニの背を影からずっと見続けた冬
雪の降る聖夜新宿東口一人で食べるキムチリゾット
通勤のエスカレーター階段が希望者を乗せ空まで伸びる
六甲の『意外とおいしい天然水』飲んでけっきょく今日もがんばる
2009/11/21 0:19

匿名さんのコメント...
こんばんは。叉旅猫目です。授業にほとんど行けていなくてすみません。24日は行けることと思います。

・夏に日に置き去りにされたハブラシのふと見るとまるでひまわりのような
・「いっせーの」二人で乗った方舟にあるのはカラータイマーみたいな永遠
・12360402あなたがくれたまばたきの数
・電気式ギターを初めて弾いたときから毛穴が息を息をしている
・けどそれが?教室は今日も戦争ごっこわたしは見えない銃を手にして
2009/11/23 1:53

耳野さんのコメント...
こんばんは、耳野です。先ほどの記事は長々とすみません、普通に投稿します。どうぞよろしくおねがいします。

田子ノ浦臨む工業地帯にて伸びゆきしぼくの灰色気管
我が咽に白熱光の迸り 嗚呼、グシャリ歪みし紅白煙突
竪堀駅高架下二時のササメキは白柔き脚より垂るる透液
月見草ひとつポッケに突き刺して機械めく宵の本栖湖を往く
灰色の硝子管を舌裏よりソッと突き刺す我が夜癖なり
東海道線降りて雪染む富士を背に我が胸にも貼る遺失物番号
2009/11/23 3:20

マルディさんのコメント...
こんにちは。

駅前の書店2階のレジ裏にひっそりと在る“ニャンとかしよう会”
“バイアグラ”アーユルヴェーダの老医師の机の横にマグネット有り
冷蔵庫で干からびている切り抜きをつい諳んじる「自動エレベーターの…」
枝離れ土に転がるかりんの実 終の住処を定めるごとく
どうかしら?さしだす手の甲一瞬で愛の現場にかわるキッチン
2009/11/23 13:03

うぐいすさんのコメント...
うぐいすです。投稿します。

巡りゆく季節の中の一舞台 落ち葉の輪舞曲(ロンド)輪廻の催事
ゆるゆるとブランコ揺すれば軋む音ただ懐かしく園に響けり
門前で吾を見据える番犬の威嚇のかまへ微動だにせず
不思議にも帰宅がわかる飼い犬の喜び勇む影に和みぬ
仄かなる甘栗の香の誘惑に尻尾で応ふる犬の正直
怠惰なる生活リズムしみついて冬の多忙をおそれつつをり
2009/11/23 13:59

礒部さんのコメント...
こんばんは、いそべです。短歌も卒論も行き詰ってます・・・

足音が響く廊下をまっすぐにかかと踏んづけ駆け抜ける春
オレンジのお道具箱の底に住む羽をたたんだ折りかけの鶴
背もたれの上にはみ出る新聞の同じ文字追う朝の飛行機
図書館でひそひそ話す乙女らが両手広げて見せあう手相
私とは違うところでアクセント置く君が呼ぶ私の名前
「乾杯」と口にしてから近づけるグラスの先が触れるためらい
2009/11/23 20:41

爆裂カレーライスさんのコメント...

朝食べるおぼんのなかで揺れていたネギをめがけてみそしるすする
二次会をどこでやるのかわからなくなってわたしは船にのってる

今日は、爆裂カレーライスが、口を使って、耳野さんに話しをします。覚悟していて下さい。
2009/11/24 10:41

鈴木有さんのコメント...
耳野さん。ぼくも、自分の都合のいいように解釈する傾向があります。自分の都合のいいように解釈をする傾向のあるひとほど、作者の意図を知ろうと解釈をすることが必要といえます。いまのじぶんの傾向と反対のことを無理にすることによって、感動が生まれることがある、というのもその理由です。マルディさんは、教室での解釈を聞くかぎり、作者の気持ち、意図を考えた解釈をしようとしているように感じられます。それはあなたが、自分の都合のいいように解釈をする傾向があるからかもしれません。ぼくはぜんぜん読んでない本で「応答する力」、「他者という試練」という本があります。これだよ、この題名なんだ。常々思い返す題名です。
2009/11/24 10:42

2009年11月20日金曜日

投稿作品5(11月17日までの分)

 11月17日の授業で検討した作品群を掲載します。
 短歌は、考えられている以上に複雑な読解・創作を可能にする器です。
 読む際には、作者の実生活をじかに読み取ろうとしながら読解するのも自由ですし、実生活など無視するのも自由。両方を考え合わせながら読むのも、これまた自由。
 創作の際も、実生活上の経験を扱いながらもフィクションにしてしまうのも自由だし、 フィクションをでっち上げながらも実感や心の真相を表現するのも自由です。
 ですから、一首にひとつの解釈をつければそれでよい、とは思わないようにしましょう。作る場合も、多層的な読解を許す、あるいは読者に強いるようなものを作っていく気概は要るようです。そのようなものを作るのがじつに困難であるとはいえ。


◆投稿作品5(11月17日までの分)◆

マルディさんのコメント...
磯部さん、授業中7首目の「やさしく塗った」という表現についてこだわりすぎてしまって、ごめんなさい。あれからもリップクリームを塗るたびに、この歌のことを考えています。私は、自分がこの歌から感じた想いが「やさしく塗った」とすることで限定されてしまったように思えて、それがとてももどかしかったのです。でも、今日ヨガの瞑想中に鈴木さんのコメントにもあるように作者にとって「やさしく」が最も重要なポイントなのかも、と思い至りました。だとしたら、私の発言は少しこころなかったと、反省しています。爆裂カレーライスさん、「市川 という名字の人間は人を引っ張る力があるぜ」会話がぽんっと抜き出されると、不思議な感じがします。どういう状況だったんだろう?と色々考えると楽しい。さらに、対応に困ってしまうような内容だというところが魅力的だと思いました。吉田戦車の『伝染るんです。』に、先輩が後輩に「ベランダってイタリア人の胸がでかい女の名前みたいだな」と言う作品があるんですが、それを思い出しました。2009/11/13 13:25
2009/11/14 14:44

礒部さんのコメント...
マルディさん。コメントありがとうございます。私自身、そこまで深い意味をこめて作りこんだ歌ではなかったので、マルディさんの意見を聞いて考えさせられました。実は、「やさしくなぞる」と迷った上で、最終的に「やさしく塗った」を選択したのですが、「塗った」だと、確かに限定された意味のような気がします。でも、リップクリームを「なぞる」とは言わないですよね。だんだん私ももどかしくなってきました・・・。
2009/11/14 22:58

青木さんのコメント...
投稿しまーす。

冬凍る!きゅんきゅん甘い鉄橋で‘I love you’をネコたちが叫ぶ
恋の歌だって歌えない僕らでも百人そろえば奇跡は起こる?
情けない三桁台の死をぬけて恋の聖士(まだ生きている!)
虹色の鱗(うろこ)がキラキラ美しい君にあげたい恋スルチカラ
気がつけば濡れることなどへっちゃらで 夕立の中まりあを連れて
ほらaikoが歌っているよ木の上で(きっと僕のためなのだろう)
○今朝の君
・笑った数:5
・寝た数:2
・僕を見た数:2かたぶん3
一瞬でつめたい水を浴びきって君のほっぺをつねりに行こう
2009/11/14 23:05

青木さんのコメント...
今気づいたのですが、先週の磯部さんの歌は、7首中6首が体言止めって言うんでしたっけ、名詞で終わってるんですよね。体言止めの季節なのかもしれません。
2009/11/14 23:07

うぐいすさんのコメント...
うぐいすです。銀杏ももう落ちていないですね。ひどい歌ながら投稿いたします。

暖房のめっきり恋しき朝夕は冬の到来吾に知らしむ
銀杏の匂ひ好まぬ君なれど暮らしの糧と拾ひ歩けり
儚くも紅葉といふ退廃は朽ちてゆくたび艶めきを増す
色づいて妖しく踊るイチョウの葉 秋の遺言その身で奏で
「北風と太陽」寓話思ひ出す十一月の日陰と日向
2009/11/15 20:46

大沼貴英さんのコメント...
大沼です。青木さんの、
○今朝の君・笑った数:5・寝た数:2・僕を見た数:2かたぶん3
が個人的にとても好きです。じつは前期にも、2ちゃんねる風の書き込みをそのまま抜き出して短歌にするという試みをやった人がいたんですが、そういう型破りで自由な作品がもっとあってもいいんじゃないかと俺は思います。この箇条書きは、さらに「君」と「僕」との微妙な関係性を描いているという点で、単なる衒いに終わっていないのが面白い。正直「やられたなあ」という感じです。 
では、久しぶりの投稿を。拙詠ばっかで堪らん。 
  
   恋愛の「でも」に寄せるうた七首 
君からの一通目がきたら明日は俺から送っていい免罪符
「恋愛て変な字だよねでも読者(ひと)の目を引くんだよ」編集会議
昨年のイヴに当時の恋人と行った銭湯が理想体重 
どうせ湯は別々なんだし独りでも今年も行ってみようか銭湯 
アイポッド爆音で聴くと時々ねステレオがウザくなる時々ね 
草食系男子が好きと言う君は森ガールゆえ去勢された僕 
昨年のスキニー履いたら履けちゃってまだいけるでも去勢された僕
2009/11/15 21:33

耳野さんのコメント...
こんばんは。初めて投稿しますがこちらでよろしいでしょうか?耳野です。実は先週はじめて授業に出たのですが、面白い!ぜひ参加させてください。拙作ですがどうぞよろしくお願いします。今回はちょっとした自己体験的なものを連作にしてみましたので投稿します。 
  
  連作・アンダー・ザ・レッドライト
札二枚忍ばせ浮き足覚束ず向くは赤き灯照らす異番地
箔入りし朱塗りの箸もペン軸も暗燈下では濡羽烏なり
暗橙の灯下で煙草更かしたるあの子もその子も影は歪物
彩声に囃され捻り出す万札見栄切る我の擦り切れ財布
赤燈の許に握りし白柔きその手に黒き血透けて見えたり
二十二の赤貧の描く愛などは薄紅桜と老人が云う
歪影に追われつ赤燈商店街逃亡疾走走馬灯のごと

うつくしき魑魅の棲む赤燈商店街
硬貨ひとつをひしと握りて
ぼくはウットリと青冷めていた
凛と鳴る冬の夜だった
2009/11/16 1:53

マナ子さんのコメント...
季節柄か恋の歌が多いですね。それぞれ違った風情で面白いです。今回はできるだけきれいな言葉や楽しい気持ちを入れようと思いました…が、いまいち成らずでした。

野良猫とお好み焼きパンわけて食べ また明日も会えたらいいね
雨の夜は窓を開け寝る雨の音溺れる夢を見られるだろか
誘惑が色とりどりの図書館で今日出会ったはイッパイアッテナ
(そういう名前の絵本のキャラクターです)
五股かよ!変わらずクズだねと笑えたり 別れてよかった元彼今友
(むしろ仲良く)
カメレオンカツヲノエボシカナダガンくちに出したいカツヲブシムシ
(「ぶしむし」とか言いたいだけです)
新しい病名もらって強気なるいたわれいたわれ鬱病様だぞ
2009/11/16 11:40

マルディさんのコメント...
こんばんは。マナ子さん、とても楽しそうな感じ、伝わってきます。

Rのためにきみが喉鳴らすたびに齧りたくなるそこの林檎を
人知れず太宰の墓にくちづける乙女のすがた茉莉が見ている
熱帯びるポケットの中握る鍵(キー)集約される今日の出来事
ただきみに五感捧げて果つ日々はまひるまにみるゆめに似ている
結婚の終始綯い交ぜ神無月黒紅白のお式があった
夕方は家庭の匂い嫌だわと言うお姉さまの手がきれい
2009/11/16 18:08

青木さんのコメント...
マナ子さんとマルディさんのにコメントしようと思ったのですが、長くなりそうなので授業で口頭で言うことにします。>大沼くんそうそう!まさにその関係性が見えてるということろを読み取ってもらえて嬉しいです☆
2009/11/16 23:56

礒部さんのコメント...
こんばんは。青木さんからのご指摘があったので、今回は体言止めではない歌を選んでみました。テーマはまとまっていませんが、恋の歌が多いのかもしれません。

居酒屋の忘年会の旗揺れる忘れたくない年もあるのに
すこし前最年少と言われてた選手を今はベテランと呼び
手を振るといつも後ろを確かめる 探してたのは君のことです
私より高いところのつり革をつかむその手に触れてみたくて
地下鉄の窓を見つめる人々は黒い景色に何を見るのか
手を伸ばし耳からそっと取る眼鏡 触れないように起こさぬように
ぴかぴかと点滅してる信号は君といる日は「止まれ」に変わる
2009/11/17 2:14

爆裂カレーライスさんのコメント...
マルディさん。返事がおそくなりましたが、感想を書いてくれて、ありがとうございました。『伝染るんです。』これが、これが、いいです。嬉しいです。マルディさんが、このだいめいを書くことは、不思議な調和をつくりだすと思ったからです。あと、さいしょ「うつるんです。」って読んでいたんだけど、うつるんです、は、写真のCMだなとおもって、「でんせんするんです。」って読むのかなとおもったけど、そりゃあないだろうなあ、とおもって「うつるんです。」と読むことにきめました。
耳野さん。はじめ、忍者みたいなひとだとおもいました。でも、読んでると、
彩声に囃され捻り出す万札見栄切る我の擦り切れ財布
とあって、忍者はそんなことしないなと思いました。なんだろう、1首目で、飲みかいのために、居酒屋に向かって、最後の短歌で、居酒屋から逃げるんだとおもいました。
札二枚忍ばせ浮き足覚束ず向くは赤き灯照らす異番地札二枚
は、1000円札かとおもったけれど、2000円だけだと居酒屋ではお金をはらえなくなるとおもいます。だから、一万円札を2枚持っていったんだとおもいました。「浮き足覚束ず」ふわふわしながら、歩いてるんだとおもいました。それで、赤き灯だから、夜の新宿の歌舞伎町とかそのへんなのかなとおもいました。異番地というのは、じぶんが住んでいる家の番地とは異なるという意味だから、電車を使わずに、歩いていったんだとおもいました。ああ、なんとなく、浅草あたりかもしれないとおもいました。
箔入りし朱塗りの箸もペン軸も暗燈下では濡羽烏なり
暗い居酒屋っていう感じがします。濡羽烏って、そういう名前のカラスがいるのかな、とおもって調べたら、Wikipediaに「濡れ烏(ぬれからす)とは女性の髪の色彩を形容する言葉。」と出てきました。その後に、濡れ烏も、濡羽鳥も、カラスの黒と関係がある言葉だと知りました。とにかくぼくは、「濡羽烏なり」がひじょうに良い結句だと思ったのです。「朱塗りの箸」と「ペン軸」は、共に箔入りをされているんだとおもいました。(箔入りって、なんだっけっておもって、箔でしらべたら、gooの辞書で「金属をたたいて薄くのばしたもの。金箔・銀箔など。」と出てきた。)ペン軸は、ペンのすーって長くなっているところ、持つところをいうのかな、っておもいながら、また、調べたら、はてなキーワードに、「ペン軸 - コミック用画材のひとつ。つけペンの軸になる部品で、先端にペン先を差して用いる。 」と出てきました。ここまでやって、耳野さんの短歌は調べれば調べるほど、面白さが増す短歌だとおもいました。居酒屋にマンガ家がいたのか、とか、それとも、マンガ家志望のいるひとがいたのか、とか、箔入りだから、豪華な居酒屋だったのかなとかおもいました。濡羽烏のことだけど、こりゃあいいや。箸もペン軸に、容易な言葉ですが、美しさを感じたんだと思います。ふつうは、濡羽烏は、女性の黒髪にいう言葉みたいだけど、それを箸とペン軸にたいして言ったことに、嬉しさを感じてしまいました。暗橙の灯下で煙草更かしたるあの子もその子も影は歪物耳野さんの短歌は、ストーリを感じます。歪物、さいしょ、わいぶつって、読んでいて、なんだろう、なんて読むんだろうとおもって、またGoogleで検索をしていたら、ゆがみもの、と読むことがわかりました。それで、ゆがみものは、歪んでいる物体のことを言うのかとおもったけれど、歪んでいる音のことをいうのだとわかりました。「エルメイトギタークリニック by佐野先生」というへんなタイトルのブログから、歪み物についての引用をします。「歪み物と言いますと代表的な物でまずはディストーション、んでオーバードライブ、んでファズですね。どれもギターの音を無理やり歪ますという役割は同じなんですが、歪み方が中々に違ったりします。」ギターの音なんだって! でも、この短歌では、ギターの音だということまでは意味してないとおもいます。やっぱり、女性の影が、歪んでいる、影が歪んでいる、ということは、煙草更かしてる女性の顔は、ぎこちない感じというのか、なにか屈折がこめられている顔をしているんだとおもいました。
彩声に囃され捻り出す万札見栄切る我の擦り切れ財布
たぶん、あなたがお金を一番払ったんだとおもいます。見栄を切ったのは、耳野さんと擦り切れ財布の両方になるとおもいました。擦り切れ財布を天のほうに掲げながら、一万円札を風のように出す光景が眼に浮かびました。ちょっとかわいそうだけれど、堂々していて好感を持ちました。頑張り屋を感じ取りました。赤燈の許に握りし白柔きその手に黒き血透けて見えたり血管を見たということでしょう。しかし、この短歌には、「血管を見た」というだけでは済まされないものがあります。たぶん、女だ。女の血管をみたんだとおもいます。「白柔き」というのは、男性の手ではなく、女性の手を表すのにふさわしいとおもったからです。うん、でも、ちょっとこの短歌は、いまいちです。白、黒、という対比、黒、のあとに血が来るというのは、常套的なやり方だと思うからです。しかしながら「赤燈の許に」っていうのは、たいしたものです。耳野さんは、江戸時代を感じる色を上手に使えるところとかすごいです。忍者ってさいしょに書いたけれど、耳野という名前からも忍者を感じることができます。
二十二の赤貧の描く愛などは薄紅桜と老人が云う
色から触発されて、短歌をつくっているとおもいました。そういうことにさせてもらうと、赤貧→薄紅桜、は、面白い触発です。ぼくだったら、赤貧っていう言葉を使おうとしないし使おうとしても、薄紅桜が浮かんでくることはないからです。しかし、色から触発されて短歌をつくる方法があるのか、ということを耳野さんの連作から学ばせてもらいました。ぼくも、その方法を使うこと出来ると思うので、使ってみようとおもいます。それで、なんだろう、たぶん、老人は「作者が赤貧である」いうことを知らないんじゃないかとおもいました。「赤貧の」というのは、老人が言ったことではなくて、作者の自分に対する立場・評価だとおもいます。たぶん、実際は、「二十二歳のやつが描く愛なんて、弱いです」ということを、年上の人から、いわれたんだとおもいました。でも、赤貧、ということを、一番に訴えたかったのでしょう。この短歌のなかでも、年上の人にたいしても。
歪影に追われつ赤燈商店街逃亡疾走走馬灯のごと
歪影(いびつかげ)と読むということを、検索によって知りました。(なんで、検索ばかりしているのかというと、電子辞書がどこかに消えたからです。)これは、連作の流れから考えて、煙草更かしてる女性とか、老人とかの歪(いびつ)と思われるものから、逃走をしているんだとおもいました。また、忍者っていうんだけど、忍者のように赤燈商店街を素早く走っていく姿をイメージすることができました。塚本邦雄の短歌に、
忍法夙流変移抜刀霞斬(にんぱふしゆくりうへんいばつたうかすみぎ)り 眼疾のはてにわが死はあらむ
青嵐ばさと商店街地図に山川呉服店消し去らる
という短歌があって(ぜんぶ、新字体表記だけれど…。塚本邦雄の表記通りにブログに書くのが無理で、部分的に旧字体にしようと思ったけれど、それだと威力が弱まるとおもって、全部新字体にしました。)耳野さんの短歌からは、この二首の短歌を思い出すことができました。誤解しないでほしいんですが、嫌味じゃありません。耳野さんの短歌をみて、この二首の短歌が、さらに記憶にのこって、耳野さんの短歌とつながりを持って、読むことができるようになった、ということです。
うつくしき魑魅の棲む赤燈商店街硬貨ひとつをひしと握りて
ぼくはウットリと青冷めていた凛と鳴る冬の夜だった
この最後の詞書も実にたいしたもんだと思いました。硬貨ひとつ、は、ぼくは百円玉と思いたいです。一万円札を二枚もっていったのに、百円玉だけになってしまって、明日からどうやって暮らしていこう、寒いのに、という気持ちになりました。
2009/11/17 7:15

鈴木有さんのコメント...
先週の日曜日に書いたものを、いまさらだけど投稿します。耳野さんの短歌がなかったら、投稿をしなかったと思います。
2009/11/17 8:55

鈴木有さんのコメント...
今日、中学と高校のころの同窓会があって、ぼくは夜の12時30半に呼び出されて、あつまったひとに、じぶんの自信のある短歌を17首ぐらい、みせつけてやりました。ぜんぜんわからない、といわれました。9割ぐらいのひとに。でも、意図を汲み取ろうとしている気持ちは伝わってきて、ああたぶん、ほかのひとたちは、ぼくの意図を汲み取れる量が少ないんだなと思いました。ぼくの意図が10だとしたら、たぶん、0.1ぐらいしか、汲み取ってくれてないと思いました。もちろん、酔っ払っているひとたちに、みせたから、0.1になったというのもあります。しかし、じぶんが5年間かけてつくった短歌を17首ぐらいに厳選して、わからない、わからない、といわれまくるのは、やべえなあ、まいったなあ、と思うだけの理由になりました。それで、磯部さんの意図を汲み取れなかったマルディさんの苦しみを受けて、ぼくもね、ぼくもだ、磯辺さんの短歌の意図を汲み取ろうとする気持ちが、不十分であったということに気づかされました。ぼくはいまさらだけど、磯部さんの短歌の意図が10だとしたら、7ぐらい読みとることができる自信があります。それなのに、いままで3ぐらいしか読みとってなかった、とおもって、ひでえことをしちまってたと思いました。7、読みとったうえで、自分に都合のいい解釈をやるべきだったんです。
2009/11/17 8:57

2009年11月14日土曜日

投稿作品4(11月10日までの分)

 コンスタントに投稿してくれる人たちの作風がはっきりしてきて、読むほうも、よい意味で慣れ、落ち着いて読めるようになってきました。慣れ過ぎるのもいけないのですが、詩歌では、慣れが深い読みに導いてくれるというところも、やはりあります。読む側からすれば、馴染みの作風がいくつもあるというのは、やはり楽しみでもあり、日々の気持ちの豊かさに通じていくものでもあります。自分の心だけでは受容できない世界の味わいや様相を、他人の心と表現行為を通して受け止められるというところに、詩歌や他の芸術行為の価値があります(価値は、それらのみにはもちろん留まりませんが)。
 詩歌を読んだり、詩歌とつきあったりしていくには、人間関係に似て、こんな「慣れ」、「馴染み」、ときには「馴れあい」さえをも、よりよい読解環境を作っていくものとして受け入れる必要がありそうです。ひじょうに大きな意味で、詩歌とはけっきょく、人づきあいです。他人や自分の言葉づかいの癖や工夫を、単純に拒否したり褒めたりするのでなく、大きな態度で受け入れるところに、詩歌のもうひとつ深い味わいが出てくる契機がありそうです。


◆投稿作品4(11月10日までの分)◆

青木さんのコメント...
さりげなく投稿。。。
雨の音ひとつぶひとつぶ連なって減三和音がひびく午後の末
雨止んで雀がにわかに鳴くころに待ち人はふと来るのだろうか
夕焼けの色がそのたび違うこと誰にも言わずにひっそりと見る
雑踏のひときわ大きな声の主にも聞こえている日の暮れる音
外灯の明かりに吸いよせられて来た子どもたちの言う未来完了
ごめんねを言われてもごめん分からないそのときの気持ち忘れたから
2009/10/23 10:52

鈴木有さんのコメント...
図書館を出たら、台風で、家に帰れなくなりました。石焼きビビンバを食べ終わるころには、台風がしずまってると思いました。食べ終えたときには本当に静まっていて、びっくりしました。ぼくは、帰ろうとおもって、レジに向かってたら、サイフにお金がほぼ入っていないことに気づきました。気づいてすぐに「あ」と叫びごえを店内で上げました。この発声の結果、中国人の日本語がしゃべれる店員さんは、「イイヨイイヨ、ツギキタトキデ」と、僕が払わなければいけない850円の問題について話しました。ぼくはアッと思って、そういえば、このお店は、ぼくのアルバイト先の面接官だった神田(カンダ)さんが、お金がない状態でなにかを食べて、そのまま払わなかった、とぼくに伝えてきたお店であることを思い出しました。神田さん(カンダさん)は、今年の11月に横浜のコンチネンタルホテルで、(はじめ、名前を聞き間違えて、「センチメンタルホテルですか」と聞き返したら「センチメンタルじゃ、そんな、センチメンタルじゃ……」と言っていた)結っこん式を上げることになっていて、その式場で、ぼくは、祝祭の短歌を、2首読みあげることになっているのです。来週の短歌です。
図書館を出たらすんげえ台風で石焼きビビンバ食べに行くのだ
小野小町で浮かべるものはなんですか ぼくは「遣唐使」と答えけり
小・中・高・大 授業のときに立方体ばかり書いてたノートの余白に
2009/10/30 19:21

鈴木有さんのコメント...
>>自分にたいして。いちばん上の3行、削除したほうがよかったな、残念。
2009/10/30 22:54

うぐいすさんのコメント...
うぐいすです。新型インフルエンザに罹りましたが、タミフルのおかげで早く治りました。
風邪をひき分かる自分の脆弱さ元気のないのは心の方だ
誘われてまんまと罹るインフルの猛威をしばし抑えよタミフル
熱が引きふしぶし痛む関節も徐々にやわらぎ咳も落ち着く
木も草も生きる力に前向きで愚痴も言わずに育っていく
爽秋の胸張る空に白い雲銀杏並木ゆるりとすすむ
ラッシュアワー三ヶ国語が軋みあい談話が走り文化が揺れる
(西武線の混雑時、仏語に英語に韓国語が飛び交っていました)
2009/10/31 0:25

鈴木有さんのコメント...
ごめんなさい。3回も続けて投稿してしまって。ものすごくいけないことをしている気がします。3首目の短歌を、小・中・高と授業のときに立方体ばかり書いてたノートのすみに(小・中・高・大 授業のときに立方体ばかり書いてたノートの余白に)と変えたくて、今、書き込んでいます。ずるいけれども、自分のために、いままで書いた修正を当てはめて、もういちど最初から書かせてもらいます。(もう、いくらなんでも、来週の火曜日まで、書き込みません。)             
☆ぼくは、帰ろうとおもって、レジに向かってたら、サイフにお金がほぼ入っていないことに気づきました。気づいてすぐに「あ」と叫びごえを店内で上げました。この発声の結果、中国人の日本語がしゃべれる店員さんは、「イイヨイイヨ、ツギキタトキデ」と、僕が払わなければいけない850円の問題について話しました。ぼくはアッと思って、そういえば、このお店は、ぼくのアルバイト先の面接官だった神田(カンダ)さんが、お金がない状態でなにかを食べて、そのまま払わなかった、とぼくに伝えてきたお店であることを思い出しました。神田さん(カンダさん)は、今年の11月に横浜のコンチネンタルホテルで、(はじめ、名前を聞き間違えて、「センチメンタルホテルですか」と聞き返したら「センチメンタルじゃ、そんな、センチメンタルじゃ……」と言っていた)結っこん式を上げることになっていて、その式場で、ぼくは、祝祭の短歌を、2首読みあげることになっているのです。来週の短歌です。
図書館を出たらすんげえ台風で石焼きビビンバ食べに行くのだ
小野小町で浮かべるものはなんですか ぼくは「遣唐使」と答えけり
小・中・高 授業のときに立方体ばかり書いてたノートのすみに
(小・中・高・大 授業のときに立方体ばかり書いてたノートの余白に)
2009/10/31 12:40

マルディさんのコメント...
こんにちは。お久しぶりです。
ベランダにのびるその枝百日紅(さるすべり)哀れくすんだ花を残して
示された番地丸めてそのままの冬のコートを奥よりいだす
カンパーニュ・プルミエール通りうろつけばフジタ?マン・レイ?住みびとが問う
どのようにここに居たのか我がきみの代替にする堀江敏幸
抱えた本に胸痛くなる箇所あって気付けば部屋に闇が来ており
ひらひらと舞い散る木の葉記憶にも言葉にもなり吾を惑わす
2009/11/04 14:19

青木 さんのコメント...
>示された番地丸めてそのままの冬のコートを奥よりいだす
寒くなってきて、冬のコートを出したら、なにやら前の冬に入れたままになっていたらしい紙が入っていた、という歌ですよね?これがわりと良いかなと思いました。「わりと」良いと書いたのは、下の句の「冬のコートを奥よりいだす」がもう少し何かならないかな、と一瞬思ったからです。はじめの「示された番地丸めてそのままの」が結構おもしろいなと思って、下の句読んだら意外と普通だった、、、みたいな。。でもよく読んでみると、これはこのままシンプルで良いような気もしてきます。「示された番地」から喚起される想像をどこまで広げるのか、広げないのかですよね。
2009/11/05 15:12

青木さんのコメント...
>抱えた本に胸痛くなる箇所あって気付けば部屋に闇が来ており
逆に、これはあまり良くないと思います。まず、「抱えた本に胸痛くなる箇所あって」が説明的。そして、「部屋に闇が来て」という表現は、いかにも詩っぽい感じがしますが、あくまで「いかにも詩っぽい」だけで、実際はとても陳腐なような気がします。だから、この歌には、あまり「詩」を感じることができません。マルディさんは、言葉のチョイスになかなか他の人には持ってないおもしろさがあることが多いので、とてもおもしろい作品が作れそうな気がします。
2009/11/05 15:20

青木さんのコメント...
>小・中・高 授業のときに立方体ばかり書いてたノートのすみに
(小・中・高・大 授業のときに立方体ばかり書いてたノートの余白に)
僕は、これは「余白」の方が良いような気がします。すみと余白では意味が異なりますが、余白の方が読み手の想像力が広がるのでは?あとは、「ノートのすみ」という表現自体にあまりおもしろみがないというのもあるかもしれません。
2009/11/05 15:22

マルディさんのコメント...
青木さん、ありがとう。5首目(と6首目)は自分でもちょっと嫌でした。私は歌に固有名詞を使いすぎていることを気にしていて、それをどうにか回避してみたらこの有様です。5首目、がらっと変えました。
“『腕(ブラ)一本』1月2日の初夢”に吸われた午後の手写して遊ぶ
(藤田嗣治『腕一本・巴里の横顔』講談社文芸文庫、2005年、246p)
2009/11/07 21:36

青木さんのコメント...
>“『腕(ブラ)一本』1月2日の初夢”に吸われた午後の手写して遊ぶ
そうそう、こういう言葉の使い方がマルディさんらしい!でも、読むとまだ、日記的というか、本を読んで午後をつぶしましたというのをそれっぽく言い換えただけになってると思います。この言葉でおもしろい一首が作れそうなだけに非常に勿体ない。たとえば、こんな感じにしてみると、マルディさんの言いたいこととは違うかもしれませんが、少しだけ日記的な短歌から抜け出せると思いません?“『腕(ブラ)一本』1月2日の初夢”が醒めないわたし嵌(は)められている?ちなみに、「ブラ」って一体何か分からなかったんですが、おそらく"bras"のことですよね。。。
2009/11/07 22:30

青木さんのコメント...
昨日投稿した後に思ったのですが、
“『腕(ブラ)一本』1月2日の初夢”を見ているうちに夜となりぬ
このくらいシンプルでもいいかもしれません。こっちの方がはじめの言葉のおもしろさが生きるかも。
2009/11/08 8:05

マナ子さんのコメント...
こんにちは、投稿します。またどうも陰気になってしまいました。
痛いのか憎いか辛いか悲しいか七十回目の死を死ぬ勇者
暇潰し流れて生きれば幾年か(早く人間になりたい!!)
ほの暗き臭気冷気のみ覚えおり休み時間の便所太宰の
(小説の内容は忘れました)
おかあさん父祖母弟友あなた 喜ばせたし傷つけたくなし
くたびれて愛する人の多きことに 夜道呟く「誰がわかるものか」
ちぢこまる幼虫がいる冬の流し 湯気をそちらに扇いであげよう
網戸なし暖冷房なし風呂もなし“貧乏ごっこ”のつもりで住めばよし
2009/11/08 12:52

マルディさんのコメント...
マナ子さん、6首目素敵です。瞬間的母性を感じます。あと3首目は、そのマナ子さんの姿を太宰がどんな顔で天から見ていたかと想像すると第三者である私としては可笑しくなり、この歌も好きです。
青木さん、またまた鋭いご指摘です。まだ日記(記録)的なのは、写真に原因があるのかもしれません。ある写真から引き出された記憶をもとに作ったので。
“『腕(ブラ)一本』1月2日の初夢”を見ているうちに夜となりぬ
このシンプルさいいですね。私ももうひと頑張りしてみました。
“『腕(ブラ)一本』1月2日の初夢”で失くした午後フィルムに残れり
鈴木さんの3首目「すみ」か「余白」かですが、私は「すみ」派です。余白だと少々堂々としすぎかと。こっそり行われた行為に潜むエゴに重点を置いたのかと思いました。
2009/11/08 20:03

礒部さんのコメント...
お久しぶりです、いそべです。今週は「電車」をテーマに考えてみた歌のなかから、いくつか後半に選んでみました。毎回、どの歌を投稿すればよいかとても悩みます・・・。
日が暮れて窓の外には寒空に響く子どもの「バイバイ」の声
夕暮れの街をせわしく交差する散りばめられたマフラーの色
口開けた通学かばんからのぞくふくらみ過ぎた赤い筆箱
終点の駅で降りゆく乗客を幾度見送る置き去りの傘
帰り道電車のなかで分けあった白いイヤホン片耳の音
君のこと忘れたくない忘れたい 触れてはならぬかさぶたのよう
電車から降りるあなたの背を見つつやさしく塗ったリップクリーム
2009/11/08 21:45

爆裂カレーライスさんのコメント...
電鉄の中で開いた携帯の首がぽろんと落ちてしもうた
「市川 という名字の人間は人を引っ張る力があるぜ」
2009/11/09 21:16

鈴木有さんのコメント...
青木さん。まずはじめに、文体にまた変化を感じました。気のせいかな、どんどん女の子っぽくなっているような、青木さんの中で女性化が進んでいるのかもしれません。短歌をつくるひとは、女性的な男性が多いということを、『現代詩としての短歌 (石井辰彦さん)』という本で読みました。それで、納得しました。だから、いい傾向なのかな、でも青木さんのばあいは、うーん、どうなんだろ、青木さんは、男っぽさの割合が、大きいほうがいいとおもいます。ぼくもそうです。それで、今回の短歌は「折衷主義」を感じすぎてしまったのです。批判されにくいけど目立たない短歌といえます。もうちょっと崩している、ぼくは青木さんの踊りを感じる短歌をみてみたいです。それから、青木さん。マルディさんは、興味深いことに興味があるんです。マルディさんの短歌をみて、なんなんだろうこれは、と思うのは、ぼくとか青木さんとか駿河せんせいとかが、興味深いと思うことに興味を持っているからです。偉そうに言うけど、やっぱり、現在の自分が興味深くなっていることを短歌にすると強いです。興味深いひとのことを短歌にすると、相聞歌になります。相聞歌の達人は、だいたいが、片思いの達人なんです。僕は今、大学の非常勤教師に明らかな片思いをしていて、気がついたときには、一首できていました。
マルディさん。4首目。きみの顔が、堀江敏幸に似ているのだとおもいました。10月11日の短歌の「岸辺四郎」といい、今回の堀江敏幸といい、マルディさんは、テレビにでてる有名人を短歌のなかに、うまく入れられる人だということが分かりました。“『腕(ブラ)一本』1月2日の初夢”で失くした午後フィルムに残れりあと、これいいね。この不気味さは快感になります。夢でなくした腕が、フィルムに残ってるっていうのが、すごい夢だなあ。ブラっていうのもいい。腕ってぶらぶらしているし、腕を一本だけぶらぶらさせている夢なのかなとおもいました。夢かあ、ぼくはきょうは、どこかを歩いていて、会うひとすべてにいじめられるという、いやな夢をみました。ぜんいん、じぶんの知っているひとで、恐ろしかったです。青木さん、メルディさん。3つめの短歌の感想、青木さんのはひじょうに的を射ていて、心を射られたとおもいました。射られました。マルディさんのは、エゴか、「こっそり行われた行為にひそむエゴ」かすごい考えかただなとおもいました。新しい発見です。ただ、この短歌、じつは、小・中・高と授業のときに立方体ばかり書いてたノートのすみに(小・中・高・大 授業のときに立方体ばかり書いてたノートの余白に)の書き写し間違えでした。ぼくの3つめの書きこみの2行目では、「と」が入っているのに、最後から2行前では「と」が抜けているんです。小・中・高 授業のときに立方体ばかり書いてたノートのすみに(小・中・高・大 授業のときに立方体ばかり書いてたノートの余白に)でも、マルディさんのコメントを読んで、「と」がないほうがいいかも、とおもいました。「と」があると焦点がぼやけてしまうことも、その理由です。だけれども、「と」がないのは、閉じられてしまっている感じがします。ぼくは、社会的な短歌をつくりたいとおもっています。ぼくの実際の自分の動きは、社会的でないことが多いからです。(社会的でないから、いま留年をしてて、6年生になってる)社会的な短歌とは、究極は、自殺を食い止めることが出来る短歌のことです。あと、短歌という木のためになる短歌も、社会的な短歌になります。開かれている短歌が、すべて社会的な短歌になってるとはいえません。でも、閉じられている短歌は、社会的でないほうが実感として多い気がしています。
「と」がないほうが焦点がぼやけません。結果、推測と想像がしやすくなります。しかし、読むひとは、一瞬、落ち込むひとが多いだろうなとおもいます。一瞬、落ち込んだあとに、あとで元気になれればいいんだけど、そういう短歌に、はたしてなっているのか。なってない気がしますね。だから、この短歌は、「と」が、あったほうが良いとおもいます。でも、これはあくまでもぼくの基準です。
礒部さん。3首目、ふくらみすぎた筆箱が破裂するのが、脳裏に浮かびました。5首目、だれと分けあったのだろうと思ったけれど、冷静に考えて、同い年くらいの男性だと思いました。7首目、これはつまり、電車のなかでリップクリームをぬったということです。ぼくの関心は、なぜ「あなた」が降りたあとに、リップクリームをぬったのかということです。リップクリームはくちびるがかわいたときにぬります。おそらく、同い年くらいの男性と話しているときには、失礼だとおもって、リップクリームをぬらなかったのだとおもいます。あ、やさしく塗ったのか、そうか「やさしく塗った」という情報は、重要です。重要でかつ魅力的です。

2009年10月22日木曜日

投稿作品3

 20日の授業で言い忘れましたが、27日は用事があって休講にします。
 20日に配布した投稿作品3のうち、コメントなどを省いた作品部分だけを下に載せておきます。「爆裂カレーライス」さんの分のみ、コメントを載せておきました。
 これらを印刷したプリントは、次回にも持ってきてください。もう少し検討しようと思います。11月3日も文化の日で休みですから、11月10日が次回ということになりますね。


◆投稿作品3 (10月20日までの分)◆

青木佑太
ふわり軽くキャッチコピーのように空一つ、飛行機がすべって消えた
空(くう)を見て天とは何か考えて吸い込んだ息は僕だけのもの
秋風にひと筆書きで書いた夢散るも散らぬもとるに足らない
寂しさや右も左も人だらけ浮世の友を今日も忘れる
疑えば疑うごとに深くなるホワイトシチューの味を夢見る
究極のカレーのレシピを裏返しねつ造する夜はウピピピ

マナ子
年老いた女というわけでいじめられる会社の中の憎悪と白髪
「頭おかしいよな」男二人の陰口は喉をえがらせ足でにじって
透風に金木犀の甘香乗る花房探して振り仰ぐと空
蜜柑あげは蝶幼虫緑やわさに並ぶ棘があやうい
夏トカゲゴキブリわたしムカデクモ皆雄がおりまぐわう四畳
我知らずウッチャンナンチャン好きな友をセンスの無い奴と見下してゐる
「電車の中では話しかけないで」制服少女と「はいはい」と母

礒部真実子
沸き上がるやかんの湯気が白くなる ひと足早く知る冬の色
温かいスープの缶を包み込むその指先が触れる北風
眠くても眠くなくても寄りかかる人が隣にいる冬の夜
サボテンを枯らしてしまう私でもできるのかしら 恋というのは
近寄って初めて気づく先生の黒い眼鏡のレンズの厚み
背中から少しはみ出たランドセル背負う子どもの振り向く笑顔

うぐいす
ダイエットさらさらする気はないけれど今日も今日とてバナナ一本
太極拳無駄な動きを省きをりリラックスして呼吸をつなぐ
軽妙にうつす重心運ぶ足慣れとは言うがたやすくはなく

クロ
だれもいない私の人生生きた人できるできないやるのは私

マルディ
アスファルト埋まるオレンジの粒を見る 俯いている自分に気づく
カミーユが得意気に聞く教室で愛人の名は?「Elle s'appelle Camille(エルサペルカミーユ)」
美しき「受胎告知」が現前し 名前を、と男はつぶやいた
おめでとう、自分の声が耳に入って 受胎はやはり祝福と知る
哲人の墓地巡り楽し秋の夜『哲学者たちの死に方』今日はニーチェ

爆裂カレーライス(コメントのみ)
ある理由から4日間、パソコンが家からなくなってしまって、書き込むことをしませんでした。
ああ、一週間まえのことを、書かせてもらいます。
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授業中に鈴木さんが言ってた「短歌では自意識が武器になる」という言葉が、印象にのこりました。しかし、ぼくからいわせてもらえば、自意識は毒にもなります。ピカソはこんな言葉をのこしています。「最後は、愛しかない。だが、それはどのようにして可能であろう。鶸(ヒハ)がもっとも美しい声でさえずるためにそうするように画家の目もつぶされるべきなのだ」(訳者不明、「絵画の見方」という授業で知った言葉、、、)短歌の場合、「画家の目」というのは、作者の自意識になります。(自意識というのは、短歌をつくるまえの自分の中の意識のことです。それから、短歌を通して、じぶんが人からどのようにみられたいのか、というのも自意識になります。)ぼくは、短歌で愛で実現するためには、自意識を抑制することが不可欠であると考えています。国の法律によって、個人の自意識の抑制がされているように、短歌をつくるひとは、定型によって自意識を抑制することができます。定型によって、言葉を選ばされたり、内容を変えさせられたりするからです。(倫理的なものも、定型にはある気がします。)あと、古語を使うことによっても、自意識を抑制することができます。なにが言いたいのかというと、自意識が強烈なひとほど、自意識を抑えることが必要だ、ということです。定型と自意識の葛藤の間で、良い短歌は生まれるからです。だから、短歌をつくるひとは、抑制が必要になるほどの自意識を持っていることは得なのではないか、とおもいます。

北寺瀬一
カッターシャツ開いた襟ぐり伝う汗項鎖骨肋骨その先
君からは聞きたくなかったそんな告白「明日の学祭までに俺は忘れる」
後悔は今更だって身に染みる十月の夜は思いの外冷える
火曜五限倫理のテーマは「愛について」ねぇ先生なら答えくれるの?
屋上給水タンクの影に隠されたい君と誰かが永遠の十七才

2009年10月18日日曜日

投稿作品1・投稿作品2

 10月13日は参加者たちの作品を読み、検討しました。過去の秀作短歌は読みませんでした。そこで、この欄には、一週目の投稿作品と二週目の投稿作品をまとめて載せておきます。


◆投稿作品1 (十月六日までの分)◆

うぐいす
朝一にパソコンつけてテレビつけ機械に追われ時間に追われ
暇見つけメールの返信いそしむも打てば友から暇人だねと
食欲なく虚脱感あり暮れてゆく今日も一日無為に過ごせリ

青木佑太
イパネマで CIDADE DE DEUS のバス見たり オレンジの文字がくっきり光って
イパネマの娘よりもアルゼンチンの娘の方が可愛いと云い
たまごごはん食べたい食べたい食べたいたまごを買いに行く夜の二時

マルディ
骨壷に愛おしい骨溢れ出てトントンされておかしくもなり
可憐なる味トマトカレー興に乗ってモロヘイヤ入れおどろおどろし
このカフェは9:00amを過ぎるともうだめなの園ママたちが占拠するから
股ぐらに足下の犬来て丸まれば朝も来たこと思い出す
朝妊娠すカヒミカリィの憧れの華奢な身体が拡がっている

大沼貴英
 大学最後の夏休みに寄せるうた十三首
起き抜けのラブホの部屋のカラオケで歌う自分の下手なこと下手なこと
俺はキス君はちゅーという認識が違っていたんだね甘かったね
二十二の命からがら誕生日どこへ行ったか知れぬ性欲
からだからだ愛せ愛せよ傷つけることしかできないどの道だから
窓枠をゴールポストに見立てては見はるかす過去のベランダから
ふるさとの訛なつかし駿河湾地震を指して「いーかん揺れた」
「驚ぇて卓袱台に潜っただけぇが、頭だけしかへぇらなかったや」
裏庭に灯籠の倒れたるを見て女系家族の男の肩身
就職を間近に控えた金曜日わりとマジ「あと二日の命」
世捨て人でもワーカホリックでも何でも。我らサーカス一座なり
右手をあげて左手をあげて万歳のかたちになりぬ死んでしまいぬ\(^o^)/
両手あげプロペラのごと回りつつ先輩「おまえ歯車になるのか」
「仕事は恋人」とか言ってるけど実際そうだけど、なぜ、いま恋なんか

礒部真実子
公園のベンチに座り手をつけばこの町は今朝雨降りと知る
靴投げて占う天気予報では晴れの確率九割七分
あくびして瞳を閉じている間にも伸びる飛行機雲の白線
窓際の席だけ埋まるファミレスで深夜零時の人影を見る

ほたるいか
台風の過ぎ去るのを待ち 麦茶から ミルクティでも沸かして飲もうか
口紅も マスカラさえも 面倒だ 女の特権 面倒くさいだけ
キャラバンの らくだのような人生だ 休みたくても 荷物は重い


◆投稿作品2 (10月13日までの分)◆

シュクレ
「ほら ぴったり。あたしたち いっこだ。」 嘘ばっかり。ごめんね 私、君をだましてる。
通過する「特別快速 地獄行き」 乗らずに済んだ 武蔵小金井
強引にくちびる奪うウルトラCやっぱり君は魔法使いだ
「ここはどこ? あしたはどっち? 見えないの」「渋谷区松濤、世界の果てさ。」
小雨降るトビリシ国際空港でトランジットの未だ見ぬ君よ
わかってる。きっとあなたはサイコパス。瞳がガラスで。映してあたしを。

六等星
学校の感想文には載せられない彼女の尖った感性が好き
屋上に一番近い階段でスカートがあばくスカートの秘密
白髪もハゲも出っ歯も既婚者も校舎の中では花泥棒なの
放課後の渡り廊下に細長くスタッカートの異端の聖歌が
先生の気持ち悪さを笑う時、分け隔てなく皆豊かな少女
えっちゃんが日誌に引いた蛍光ペン今日の保体はセックスでした
英語科の二年のバド部のジャーマネがバド部の主将とデキてる速報
英語科のバド部の主将の本命はカナダに留学している続報
ソプラノのCからDが狂うのは朝練に来ない田村の所為でしょ
プリントを折る指の幹がまるで違う先生とずっと地図を折ってた
貝の端みたいな爪がチカチカと光ればあなたも不良のようです
先生が好きなあの子が昨夜未明、塾の男子と、ざわざわしました
シーユーと発音するK先生が勧める語学テキストのプリント
スカートの襞が散らばる春だから陰口もまるで木々のさわめき 
足音であなたが判ったあの子も主婦に、こめかみがきつく鳴るのね先生

青木佑太
燃えるトマトラーメンのスープをもってここから始まる、今日、不死の歌
嵐吹く東京の空に訪れる一つや二つの命など知らぬ
左耳耳鳴りのする母親の右耳に告ぐ最終告知
真夜中のローソクをすべて切り捨てて、サンバを踊れば見える見える
北東の土より来たれカリオカのリズムに揺れる第八ポスト
冬夜から帰った部屋でいつ聞きし雨粒の音は今でも響くか?
塩を入れパスタをゆでる境地からダンスが生まれる私の秘密
しっとりと石のくぼみに耳つけて反対側で鳴るカバキーニョ
新宿のすきま風を聞いているコンクリートの秘め事を見たり
Liberdade 隠された記憶の如く地球の反対で食うたこ焼き

うぐいす
人恋し秋のしづけき夜長にはメールのやりとり尽きることなく
定刻の来ぬバスを待つ十月の陽射し厳しき駅前のバス停
青き空広がる秋のさやけさを仰ぎて歩む夕暮れの道

マルディ
今宵またホロスコープに身投げして手繰る運命前世とか天職とか
数独を日がな一日窓辺にて解きたる君は鬱の最中に
三越のラデュレ窓際通されて眼下往く人/フレンチトースト
悪くなってカメラ重くて嫌になるよ“岸部四郎はウドンが重い”
来る来ない来る来ない来る今日は来ぬ、恋人は野良、来る来ない来る、
車窓映る酔狂の吾どうしても撮りたい首だケータイを出す

爆裂カレーライス
じゅぎょうちゅうせんせいにさされドストエフスキー流暢に言えなかったよ

澁谷美香
つくるだけ なれはしないと知ってるよ、カレーライスのようなひと
大学なんて行かないで叶わない夢追っている 君のほうがすごいよ
すてちゃえよ、童貞なんか 誰か言ってやってください

礒部真実子
秋深し今年初めて耳にする西高東低冬型配置
足揃え爪切る母は丸くなる まるでサナギの抜け殻のよう
気の抜けたぬるいコーラの温度より生温かく頬伝う汗
マニキュアが乾くあいだに眺めてた地図の上から探す町の名
ふわふわの耳当てつけた少女らは雪降る国へゆくのだろうか

大沼貴英
 金木犀の季節に寄せるうた五首
知らぬ間に俺たち誰に負けたんだ? のぶれすおぶりじゅ五百万くれ
木犀の馥郁たるを聴きながら大宅壮一文庫への道
「この匂い、でんぷんのりに似てるね」「え?」平成生まれには通じぬか
「忘れ物ない?」って訊いたのに忘れた君の髪どめゴムの色気なさ
ラーメン屋のカウンターの隅に置かれた髪どめゴムの重なりつやめき

ほたるいか
ぬくくって 満腹だって  さみしいの ぱんをほおばる ほほにも涙
クマの顔 鞄につけて 笑い合う 女子高生を 遠い目で見たどうしてよ 
死人に口なし 泣き言を おねえの墓前で 吐き出す自分
束縛と いう名の 入口 結婚に あこがれ夢見る 一人の女
パリのカフェ シトロン水で 長居して フランスの風 髪をなびかす
見つからぬ 青い鳥を探すのも 気づけば幻 25の秋

北寺瀬一
始めまして 季節外れの転校生です 残り短いですがよろしく
我先に 群がるクラスメイトの山の 隙間に見えたメタルフレーム
まさか君が 眼鏡でハイジャン?陸上部なんて 見下ろす放課後の教室ひとり
ごめん男とか女とかそういうの抜きにしたって きもちわるい
「かわいいと好きをごっちゃにしちゃダメですよ、先輩」そうかお前は
彼の言う「優しくしないで」は理解不能。無理矢理奪えば違うと言うし!
蝉の死体見つけて埋める背中に告げる「明日、かえるよ」 ジーツクツクホーシ

2009年10月7日水曜日

必読短歌14(釈迢空・佐々木信綱・佐々木幸綱)

 10月6日の授業でとりあげた三歌人の歌を載せておきます。
 国文学・民俗学の泰斗である折口信夫は釈迢空の名で作歌しました。句読点を付し、孤心の深みにひとり降りていくような作風の前では、急いで読み飛ばすような接し方は慎まなければならないでしょう。
 やはり国文学の泰斗である佐々木信綱の歌は、わかりやすい作品ながらも、学ぶべき基本的技法が所々に見られ、大きな歌いっぷりの中に懐かしさと癒しとがあります。
 その孫にあたる佐々木信綱は早稲田大学の大先輩。男歌をひとりで背負って来たかのような雄々しく爽快な作品には、はにかみと優しさがいつも同居してます。生活の中での心の持ち方をそれとなく教えられるような味わい深さが特徴といえそうです。

◆釈迢空 (しゃく ちょうくう) → 折口信夫 一八八七~一九五三◆

葛の花 踏みしだかれて、 色あたらし。この山道を行きし人あり

山岸に、昼を 地虫の鳴き満ちて、このしづけさに 身はつかれたり

この島に、われを見知れる人はあらず。やすしと思ふあゆみの さびしさ

邑(ムラ)山の松の木むらに、日はあたり ひそけきかもよ。旅びとの墓

山ぐちの桜昏れつゝ ほの白き道の空には、鳴く鳥も棲(ヰ)ず

山深く われは来にけり。山深き木々のとよみは、音やみにけり

ながき夜の ねむりの後も、なほ夜なる 月おし照れり。河原菅原

光る瑞の 其処につどはす三世の仏 まじらひがたき現身(ウツソミ)。われは

水底に、うつそみの面わ 沈透(シヅ)き見ゆ。来む世も、我の 寂しくあらむ

竹山に 古葉おちつくおと聞ゆ。霜夜のふけに、覚めつゝ居れば

わがせどに 立ち繁(シ)む竹の梢(ウレ)冷ゆる 天の霜夜と 目を瞑りをり

秋たけぬ。荒涼(スゞロサム)さを 戸によれば、枯れ野におつる 鶸(ヒワ)のひとむれ

目の下に 飛鳥の村の暮るゝ靄――。 ますぐにさがる 宮の石段(イシキダ)

野も 山も 秋さび果てゝ 草高し―。 人の出で入る声も 聞えず

我よりも残りがひなき 人ばかりなる世に生きて 人を怒れり

あはれ何ごとも 過ぎにしかなと言ふ人の たゞ静かなる眉に 向へり

ほのぼのと 炎の中に女居て、しづけき笑(エマ)ひ消えゆかむとす

いまははた 老いかゞまりて、誰よりもかれよりも 低き しはぶきをする


◆佐々木信綱 (ささき のぶつな) 一八七二~一九六三◆

ゆきゆけば朧月夜となりにけり城のひむがし菜の花の村

幼きは幼きどちのものがたり葡萄のかげに月かたぶきぬ

わた中のかゝる島にも人すみて家もありけり墓もありけり

よき事に終りのありといふやうにたいさん木の花がくづるる

ちらばれる耳成山や香具山や菜の花黄なる春の大和に

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲

狂ひたる時計がなほも動きやまでたがへる時刻(とき)をさせるさびしさ

道の上に残らむ跡はありもあらずわれ虔(つつし)みてわが道ゆかむ

人とほくゆきて帰らず秋の日の光しみ入る石だたみ道

春ここに生るる朝の日をうけて山河草木みな光あり

鳥の声水のひゞきに夜はあけて神代に似たり山中の村

人の世はめでたし朝の日をうけてすきとほる葉の青きかがやき

いつまでか此のたそがれの鐘はひびく物皆うつりくだかるる世に

波きるやおとのさやさや月白き津軽の迫門(せと)をわが船わたる

大き海に月おし照れり船艫(ふなとも)を滝つ瀬なして流れ散る波

山の上にたてりて久し吾もまた一本の木の心地するかも

たでの花ゆふべの風にゆられをり人の憂は人のものなる

ありがたし今日の一日もわが命めぐみたまへり天と地と人と


◆佐々木幸綱 (ささき ゆきつな) 一九三八~◆

サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝を愛する理由はいらず

イルカ飛ぶジャックナイフの瞬間もあっけなし吾は吾に永遠(とわ)に遠きや

ゆく秋の川びんびんと冷え緊まる夕岸を行き鎮めがたきぞ

夏の女のそりと坂に立っていて肉透けるまで人恋うらしき

ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ

なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌は

三十一拍のスローガンを書け なあ俺たちも言霊を信じようよ

直立せよ一行の詩 陽炎(かげろう)に揺れつつまさに大地さわげる         

君は信じるぎんぎんぎらぎら人間の原点はかがやくという嘘を

わが夏の髪に鋼の香が立つと指からめつつ女は言うなり

詩歌とは真夏の鏡、火の額を押し当てて立つ暮るる世界に

竹は内部に純白の闇育て来ていま鳴れりその一つ一つの闇が

書にむかう父の猫背の峠にて霧巻くとそを眺めてありき

父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色の獅子とうつれよ

あばれ独楽ぐいぐいと立ち澄み行けり聖なる時と子は見つめ居り

男とはなどと言いつつ逆様に幼なぶらさげ楽しんでいる

暗き時代を恋うごとく学生にしゃべりゆく暗さゆえ輝くくさぐさあるを

竹に降る雨むらぎもの心冴えてながく勇気を思いいしなり